(前回はこちら)
学生時代、毎晩というわけにはいかないが、疲れた日やリラックスしたい日には湯船にお湯を溜めて浸かっていた。のんびりして考え事をしたり、逆に何も考えなかったり。数学、物理、専門科目の課題や研究など、行き詰まった難問の解決の糸口はこういった時にふと閃くことが多かった。
そしてたまにの贅沢として入浴剤を買ってきて使うことがあった。バブとの付き合いはその頃からだ。
シュワシュワシュワーッ!
心地よい音とともに、安らぎ効果のある匂いが浴室内に漂い始める。お湯の色は徐々に薄い緑色へと変わっていき、幻想さを醸し出す。炭酸の泡が肌をほのかに刺激して心地よい。(※メーカー推奨は溶かしてから入浴することらしいが、私はこの入り方が好きだ)
そうなのだ。入浴剤というものは聴覚、嗅覚、視覚、触覚で楽しむことができる。(ぶっ飛んだ輩なら味覚でも楽しめるかもしれんがオススメしない)。
そして、血行促進とリラックス効果により私の持病の腰痛がほんの少しだけ和らいでいく(ような気がする)。さあ、あなたもバブの世界へ足を踏み入れ、贅沢なリラックス時間を過ごしませんか?え?大丈夫、残り湯での洗濯もできますよ。すすぎだけ水道水を使ってくださいね。⇨バブのお買い物はこちら(すみません、冗談です)
決意の夜からお風呂の時間はスマホを持ち込んで調べもの。代理母出産。ウィキペディア。有名人夫妻・親子の前例。国内での代理出産事例。倫理的観点からの意見。
そこには普段の生活だけでは知らなかった、知り得なかった世界が広がっていた。
倫理。
すごく悩む。我々にとって正しいことは何だろう。
超えてはいけないラインはどこだろう。我々が立ち入る領域と立ち入ってはならない神の領域。
予めルールを決めておきたかった。この時点で思ったことは「命の選別はしない」。妻の合意は得られるだろうか。
時間と労力、金銭的体力を無限には浪費できない。撤退ラインの事前設定。話し合っておきたいことはいろいろあるのに私の考えはまとまらない。
時は待ってくれない。針は動き続ける。
中高生時代に友人との会話のなかで生まれた名言。
「焦ってもいい結果は出んぞ。」、「落ち着け。さすれば見えてくる。」
(落ち着いて、焦らず急げ!)
でもそれって、実に難しい。。。
週末は業者との面談カウンセリング。
向かいの電車の中で業者名で検索してみる。詳細は控えるが、不安になるような内容が見つかる。果たして大丈夫だろうか。詐欺もしくは金目的の低レベルの業者なのか。
個人情報関連だったか、秘密保持関連だったか、同意書の書類は平成だった。令和の時代が幕開けた後であった。こんな些細なことも引っかかってしまうが、たくさんの質問に答えてもらった。少なくともネットの悪口とは印象が違った。面談は1時間程度であった。
翌週末に2社目と面談カウンセリング。この業者では面談カウンセリングは有料であった。ただし、正式契約すれば契約金に充当されるとのこと。
感じはいい。私達の結婚披露宴の担当者を思い出す。チャーミングだがどこかおっちょこちょいというか、抜けていそうな雰囲気。
一通り流れや説明を聞いたあとにその時点で疑問に思ったことや不明点をたくさん聞いた。分かる範囲、答えられる範囲で丁寧に回答してもらえた。引き上げる頃には2時間近く経っていた。
2つの業者と話したが、私達はまだスタートラインに立っていなかった。仲介業者との契約前に先に凍結胚(受精卵が成長したもの)を準備しなければならないのだ。ここは仲介業者とは関係なく、依頼者夫婦側で用意しなければならない。(注:業者によっては海外での採精・採卵のパターンもあります。)
妻は積極的に動き出した。しかし受け入れてくれるクリニックは見つからない。何件も電話で問い合わせたり、実際に足を運んだり。
普通の一般的な不妊治療と異なることがある。
心臓病があること。鬱血を防ぐために血が止まりにくくなる薬を処方されており、これが採卵できるクリニックを厳しく限定してしまう。
そして海外に輸送を考えていること。
立ちはだかる産科婦人科学会の会告と自主規制。医師サイドとしても、守らなければ除名。
理由に挙げられていることを見て、妊娠出産は相当なリスクであること、生まれてくる子が蔑ろにされてはいけないことを強く認識させられる。
一方で。
数ヶ月前に妻の命を助けてくれた外科医とは対照的に我々の希望をことごとく断ってくる婦人科医。
納得できない、行き場のないもどかしい気持ち。
どうして本来なら一番頼りになる医者が我々には協力してくれないのだろう。
どうして頭ごなしに拒否するのだろう。凍結胚を作った後はそのクリニックではなく正式に合法な海外での実施を考えているのに。
あなた達はいつから立法機関になったの?
どうして私達は自分達の子を作ってはいけないの?この望みは悪いことなの?
受け入れてくれる病院はなおも見つからない。
私達は立ち込めた暗雲に座礁した。
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