婚約前に妻から事前通告されていた。
妻には持病があり、その関係で妊娠出産はできないこと。
それでもいいかなと思っていた。そもそも数年前、妻と付き合う前の段階ではそろそろ一生独り身も覚悟しないとな、なんて考えていたりもしたものだ。
結婚して一年も経たないある日。突然、妻に持病関連で手術の話が舞い込んだ。
今は問題ないが、手術をした方が将来的なリスク(肝臓関連、不整脈、血栓関連など)を減らせるのだそうだ。
そんな話、それまでは聞いたこともなかったが、妻も主治医とは別の先生から唐突に「なぜまだ手術しないんです?」みたいな感じで問われたらしい。
後日あらためて妻の主治医の先生に話を聞くと、
- 何も急ぐ必要はない、
- 不整脈がでるかでないかは人次第、
- 不整脈が出たらそのときには手術すべきだろう、
といった感じだったが妻は近いうちに手術を受けることを決断。入院中に代理出産について調べておいてねと宿題を私に残して。
手術とは心臓の手術であり、場所が場所だけに命のリスクがつきまとう。
そして検査入院を経て、本入院となってしまった。手術前日。仕事を終えて駆けつけると間もなくして妻の小学生時代の友人とその母がお見舞いに来てくれた。まだサクラが咲くにはもう少しといった時期だったが、話には花が大いに咲いた。病院の消灯時間が過ぎ、歓談スペースが暗くなるまで話していた。友人達が帰った後、妻と最後になるかも知れない話はうまくできなかった。これが最後になるかもなんて実感は無かった。しかしさすがにその夜はまったく眠れなかった。
そして。私にとってあまりにも長く感じた6時間の手術は無事成功した。
手術後、意識が戻ってICU(集中治療室)を出られるのに順調にいっても数日と医者に言われた。握った妻の手は冷たかった。
次の日午後、仕事中の私のスマホのラインには妻からのメッセージが届いていた。良かった。意識が無事に戻ったのだ。
妻は幸いにも予想外のスピードで順調に回復した。当初は1カ月近くは入院するものと思っていたが、術後2週間程度で退院となった。
つまり、残念ながら私には宿題をやる暇はなかったのだ。
GW1週間前に退院した妻は実家で療養し、GW初日から再び2人で暮らし始めた。そしてGW中に代理出産についてきちんと考えるという約束を取り付けられてしまった。
GW後半のある日、観念した私は妻と代理出産について打ち合わせをした。
予算やうまくいった場合のスケジュール、不明点をネット検索をしながら話し合った。直接会える業者と面談することに決めた。なおも残った不明点や疑問点を聞いてみよう。
面談には2人が夫婦であることを示すものが必要らしい。冷やかしはお断りなのだろう。夜23時近くだっただろうか。すぐにコンビニに行き、戸籍謄本(戸籍抄本?)をゲットした。マイナンバーカードがあれば今はコンビニで夜でも手に入れられるのだ。便利な時代になったものだ。
まだ分からない。分からないが希望の光が、一縷(いちる)の望みが見えてきた。今まで半ば諦めていたものが急に現実味を帯びてきた。
きっと妻は何ヶ月も前に。命を懸けた大手術を決断したときにはすでに。
私は閉ざされたドアをノックした。
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